そもそも何のために家系図や家系譜を作るのか?
今回は家系図作成の目的を深掘りしてみたいと思います。
ご先祖様の供養のため
家系図作成で真っ先に浮かぶものは文句なしにこれでしょう。
なにしろ100年も200年も前のご先祖様の名前を記載するのですから。
私は信教のない一般的な現代の日本人と言えますが、それでも自身の家系図を作成してみてご先祖様にとても感謝の念を抱きました。
感謝の念を抱きながら故人を偲ぶ、これこそが一番の供養になるのではないかなと私は思います。
記念品や贈呈品として
一般論として、60歳を超えて定年して70歳を超え・・・と年齢を重ねるうちに、自分自身の生きた証を遺したいであるとか、自分自身のルーツは何なのかを考える方は本当に多いように思います。
私の身近なところで言うと、私の祖母の弟にあたる親族などは自伝まで自作しました。
ご自身の銀婚式や金婚式であるとか、ご両親の長寿祝いであるとかプレゼントとしたら非常に喜んでもらえたという話をよく耳にします。
ちなみに記念日のタイミングをまとめてみると次のようなものがあります。
年祝(としいわい)について
以下「満年齢」の記載です。例えば、「数え年」だと還暦は61歳になります。
還暦(かんれき):60歳
古希(こき) :70歳
喜寿(きじゅ) :77歳
傘寿(さんじゅ):80歳
米寿(べいじゅ):88歳
卒寿(そつじゅ):90歳
白寿(はくじゅ):99歳
茶寿(ちゃじゅ):108歳
皇寿(こうじゅ):111歳
結婚記念日について
銀婚式(ぎんこんしき):25年目
金婚式(きんこんしき):50年目
親族間の話題作りとして
現在、ご自身の親族と定期的に交流を取っておりますでしょうか。 令和2年度の総務省統計局による国政調査によると、祖父母と孫が一緒に暮らしていない世帯は日本全体の92%です。国勢調査のデータは「親族間交流が希薄になっている」という事を示してしまっています。数十年前、私が幼い頃などは年末年始から盆休みなど親戚が一同に集まったものですが、そういう風習はどんどん薄れてしまってはいないでしょうか。
一族の家系図を本格的に作成しようとなるとご自身に戸籍の取得権限が完全でない場合がほとんどで、親族の協力が必要になります。詳しい解説は先日の記事を参照してください。
そもそも家系図を作成するところから親族間交流のきっかけになりますし、作成した後も「この人はこんな人だったよね」などと笑いながら話をすることができます。
私自身の体験として、実際に作ってみると母親と親戚の話題で盛り上がったものでした。これまで親戚の話題などほとんど会話したことなどないにも関わらず、です。
現代日本の「親族間交流の希薄化」というものは私が本当に危惧しているところで、そのことによって「おひとりさま」と呼ばれる高齢者の単身世帯が増えてしまっていることや、福祉介護分野での歪みが生じてしまっているなどもう既に症状はあちこちで出始めています。 ご自身、そしてご自身の親族がそういった状況にならないよう手を取り合うきっかけ作りをすることはとても大事なのではないかなと思います。
相続関係説明図として使えるか?
先日の記事でもお伝えしたとおり、家系図と相続関係説明図は全くもって別目的の書類になります。
この点『家系図を作れば「相続関係説明図」として使えるよ!』というネットの記事を稀に見かけるのでご注意ください。
相続関係説明図は、先日の記事で解説したとおり、戸籍をチェックする担当者の手間を省略するためのものです。
6代も7代も前のご先祖様の名前など関係ありませんし、住所などの必須事項も足りていません。
一般的な記載方法も家系図とは全く異なる書類になります(再掲)。

一応正確なところを申し上げておくと「家系図作成で収集した戸籍の『一部』」については相続手続でそのまま使うことが可能です。各種相続手続で戸籍についての有効期限も特にない場合が現行法下ではほとんどで、使える場合もあるでしょう。
しかしAさんの相続手続を考える場合、Aさんが亡くなった瞬間の相続人を考える必要があり、家系図作成のタイミングから10年20年経過しているはずです。
例えば奥さんが先に亡くなってしまった等、家系図作成時点とは全く状況が異なっている可能性がありますよね。
少なくとも被相続人死亡の記載のある戸籍が必要なので家系図作成で収集した書類のみでは足りません。
ですので「一部は一応使える」というのが正確なところです。
ちなみにご自身で行う場合の注意点ですが、例えば不動産の相続手続で戸籍を要求されてしまいますが、これをそのまま提出してしまうと手元に帰ってきません。
そのままだと法務局保管になってしまうので、還付手続等が必要です。
戸籍とは将来消失のおそれがある一族の貴重な文献であり、せっかく集めたのに手元に残せなくなってしまうので注意が必要です。
また、Aさんが亡くなって相続手続をするにあたり、Aさんの書いた遺言書がなければ遺族で遺産分割協議を行う必要があります。しかし、その際の資料としても相続事件というのは時間軸が少し変わっただけで話が全く変わってくるものです。
遺産分割協議の目安の資料だとしてもご先様を祀る家系図がその役割をきちんと果たせるかどうか甚だ疑問です。
法定相続人の判断を行うにしても、やはり家族法の知識が不可欠ですから家系図が代替手段となれるかというと難しいと言わざるを得ません。
世の中の相続事件は民法の教科書に書いてあるような単純なものだけでなく、極めて複雑怪奇な相続人の判定が必要な場合などいくらでも見ています。
なお、相続関係説明図というのは列記とした事実証明の文書で、業として行うには行政書士などの国家資格が必要です。
国家資格を有さない者が「相続関係という事実を証明するための文書」を作成すればそれは列記とした法律違反です。
法律でやったらダメと書かれているので通報すれば普通に処罰対象になり得ます。
あくまでも無資格者が家系図作成業務を行える範囲は「鑑賞のため、記念のため」であるというのが最高裁判所の見解です。
この裁判の話は士業の職域を考える題材としてなかなか勉強になりますので、また別の機会にご紹介させて頂ければなと思います。
知的探求心を満たすため
人は生まれながらにして「知らないことを学ぶ」ことが本能として好きな生物です。
子供の「お父さん、あれはなぁに?」「お母さん、ぼくはどうやって産まれたの?」と言った会話を見聞きしたことはないでしょうか。
興味関心がどこに向くかは人によると思いますが、「ご自身のルーツ」などまさに「知らない事の筆頭」だと言えるでしょう。ルーツを調べることはまさに知的探求心そのものだと思います。
父母は何をしてどんなことをして生きていたのか、祖父母は何をして・・・、曾祖父母は何をして・・・、これらを調べるにはヒアリング等の様々な調査が必要です。
家系図、家系譜、一族史、様々な形態がありますがルーツ調査で最初に行うべきことは戸籍調査なのです。
以前、戸籍の消失問題について触れましたが、少なくとも執筆時の令和5年3月の法律によればあと13年もすれば戸籍消失が開始してしまいます。
実際問題、旧法の規定を受けて既に戸籍が消失してしまった自治体が現実に存在しています。
例えば今30歳でまだ若いから良いや、それはそれで構いません。
ですがご自身が70歳になってルーツを知りたくなったとき、手段が失われてしまっている可能性があります。
ご自身の子孫がルーツを知りたくなったなど 、はるか将来の話を考えれば猶更です。
戸籍が消失すればルーツ調査の難易度は跳ね上がってしまいます。
一族のルーツを訪問してみる
実際によくある話として家系図・家系譜を作成した後に、ご先祖様の土地を訪問してみたという話は本当によく聞きます。
家系図作成の過程で収集した戸籍だけでも様々な情報が入手できます。
そのうちの一つが「本籍地」です。ご先祖様を遡ってみると、分家をして遠い地から引っ越してきたり、不動産を購入して引っ越してみたり、意外な場所がご先祖様のルーツであるケースも多いように思います。
例えば私の母方のご先祖様も、母方の実家の土地とは全く無縁の想像もしたことがない遠い土地がルーツでした。なぜ現在の実家の地に分家して移住したのか、などまだ判明していない部分も多いですが予想もしない遠い地に所縁があるとなるとこれはどこかのタイミングで旅行するしかないなと思っています。これもまた先祖供養だと思いますし、今からとても楽しみにしています。
「本籍地」に着目してご先祖様が過ごした所縁の土地を実際に訪れてみてはいかがでしょうか。ご先祖様が過ごした大地を踏みしめ、その土地の空気を吸い、匂いを楽しみ、景色を眺めてみる。とてもロマンがある旅行になると思います。
バイクで長距離ツーリングなどをするとよくわかるのですが、面白いことに土地によって空気が変わるんです。山は山の空気がしますし、海は海の空気が、田園風景は田園風景の空気が、明らかに空気が違うのです。
五感をもってその土地の空気を感じるには、やはり現地を訪れるのが一番です。
旅行で写真を撮りためておいて、後々に一族史などの作成に着手してみても本当に面白いと思います。
家系分析のため
先日の記事でご紹介させて頂いたので、詳しい話はそちらに譲ります。
現在、家系分析は様々な方法で活用されています。
端的に言えば一族の家訓を定めたり、ご自身の戒め・自らの長所などの自己分析をしたりする手法になります。
その第一歩が家系図の作成となります。
子孫への伝承のため
相続という分野全体を広い視点で見通してみると、相続手続というものは決して『財産の承継』が一番大事なことではないとわかります。
『命のリレー』そして『想いのリレー』というものが重要なのです。
もちろん『財産のリレー』という側面も重要ではありますが、本質的な部分ではありません。
エンディングノートや遺言というものを耳にしたことはないでしょうか。
詳細は別の機会に譲りますが、ここで重要視しなければならないのは『財産』ではなく『想い』です。
家系図・家系譜・一族史の作成などまさに『想いのリレー』そのものです。
先ほどご紹介したとおり、国勢調査によれば『祖父母と孫が一緒に暮らしていない世帯』は日本全体の92%です。
出生率の低下や晩婚化に単身世帯の増加を考えれば10年後、20年後はもっと酷い数字になっているかもしれません。
これも私が最も危惧していることですが、「祖父母が孫に一族の口伝を行う機会が失われている」ということを意味します。
執筆時令和5年においてもなお国民的アニメであり続けている「サザエさん」の原作の連載開始は昭和21年(1946)4月22日です。
現在の戸籍制度の施行が昭和23年(1948)ですから、ベースにしていたのは戦前の「家制度」であったはずです。
つまり、「波平さん」と「タラちゃん」が同じ屋根の下で同じ食卓を囲む温かい団欒の光景は令和2年の日本においては8%しか存在していない道理になります。
古い時代の日本では、おじいちゃんとおばあちゃんが孫と一緒に生活をし、機会があるたびに脈々と一族に受け継がれていた口伝を孫に仕込んでいたはずです。
ご先祖様はこんなにも凄かったんだよ。
壮大な冒険の末にこの家ができたんだよ。
そして君たちが産まれてきたんだよ。
今、この口伝という伝承機会が完全に失われつつあります。
核家族でも交流はあるという意見もあるでしょうが、一緒に生活して長い時間を共有しているからできることもあるのです。何度も何度も同じ話をすることによって伝承を行う、それこそが口伝なのですから。月に年に数回会う程度の頻度では「口伝」は難しいと思います。
会話をするにしても学校のはなし仕事のはなしで終わってしまい、一族の伝承などなかなか話題になることは少ないのではないかなと思います。私自身が祖母との思い出を振り返ってみるとそう感じます。
よく私は「先祖供養のため」という観点を家系図作成の目的に挙げますが、実は家系図とはご自身の子孫のためでもあるのです。
家系図作成を実際にやってみるとよくわかりますが、一度系図であるとか継承であるとかが途絶えてしまった場合にそれを修復するのは極めて困難です。
「生き字引」とはよく言ったもので、一族に最も詳しいその一族の長が亡くなってしまえば、あとは残っているかもわからない各種の文献程度からしか修復することはできません。戸籍消失が起きてしまえば更に困難になってしまいます。
一族の子孫が知りたいと思った場合に、基本的にはもう知ることは叶わないのです。
家系図・家系譜・一族史はこの失われつつある伝承機会を補う唯一無二といって良い素晴らしい文化であると私は思います。
一族史など口伝以外の伝承手法は様々でしょうが、最もハードルが低いのは間違いなく家系図です。