遺言を書くにあたって、遺留分という制度を知っておいた方がよく、遺留分を計算するためには相続制度を知る必要があります。
第3回目は「具体的相続分には期限がある」というテーマを見ていきます。
令和5年の改正法施行の話ですので、もしかするとご存じない方がいるかもしれません。
令和5年4月1日施行の民法改正
まずはどのような背景があったのかを簡単に見てみましょう。
民法改正の背景
以前の記事でもご紹介しましたが、所有者不明土地というものが現在社会問題化しています。
そこで法務省が対策を打ち出した新ルールとなります。
旧法下においても現行法下においても、遺産分けの家族会議に期限はありません。
ただ、相続税の申告期限の問題(10ヶ月)があります。それを考えると49日であるとか初盆であるとか、半年程度で遺産分割協議はまとめた方が良いとは言えます。
しかし、民法は「いつでも」としかルールを決めていません。
ここが問題の所在となります。
民法
e-gov法令検索(民法)
(遺産の分割の協議又は審判)
第九百七条 共同相続人は、次条第一項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第二項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。
遺産分けの家族会議について現場を考えてみると、例えば相続人の1人が海外で仕事をしておりすぐには帰国できないとか、そもそも疎遠になってしまっておりすぐに連絡を取ることができないであるとか、様々なトラブルが実際に生じます。そういった事情も考慮されており、現行法下においても「いつでも」とされているのです。遺産分割協議に期間制限は特にありません。
しかし、遺産分けの家族会議は「いつでも」いいんだなという認識が広まってしまった結果どうなってしまったか。
家族会議が保留になっているにも関わらず、家族会議をするべきメンバーの1人が亡くなってしまうという事態が生じてしまうのです。
そうなればもう後はネズミ算式に相続人が増えていくだけです。
昔は出生率が高い時代もありましたから、簡単に相続人が100人を超えてしまうトラブルが多発したのです。
初対面の遠縁の親戚など「ほぼ他人」ですから、コトはそう簡単ではありません。
他人間で「湧いて降ってきた財産」の帰趨を話し合う事になるんです。紛糾することが目に見えていますよね。
先日の記事でもご紹介をしましたが、この問題を放置すると2040年には北海道の9割ほどの大きさである720万haにも所有者不明土地が膨れ上がってしまうという試算までなされていました。
具体的相続分は10年まで
遺産分けの家族会議に期限を設けることは難しい、しかし、なるべく早くやってもらうよう促したい。
そんなジレンマを解消すべく、今回の令和5年4月1日の法改正で折衷案が採用されたと言えるでしょう。
民法
e-gov法令検索(民法)
(期間経過後の遺産の分割における相続分)
第九百四条の三 前三条の規定(※筆者注。具体的相続分の規定。)は、相続開始の時から十年を経過した後にする遺産の分割については、適用しない。ただし、次の各号のいずれかに該当するときは、この限りでない。
一 相続開始の時から十年を経過する前に、相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき。
二 相続開始の時から始まる十年の期間の満了前六箇月以内の間に、遺産の分割を請求することができないやむを得ない事由が相続人にあった場合において、その事由が消滅した時から六箇月を経過する前に、当該相続人が家庭裁判所に遺産の分割の請求をしたとき。
遺産分割協議が紛糾する1つの要因として「お姉ちゃん、私がずっとお父さんの介護をしていたんだから取り分多くて良いでしょ!(寄与分)」とか、「お兄ちゃん、生活費たくさん貰っていたよね。私の方が取り分多くて良いでしょ!(特別受益)」とかで揉めてしまっている場合などが想定できます。
そういったトラブルを加味した遺産分割協議をやりたいのであれば10年以内にやりなさいね、というルールです。
要するに放置せずに早く遺産分割協議をやって欲しいというのが法務省の本音でしょう。
10年経過した後の取り扱い
10年を経過して揉めていたらどうなるか。これは原則に戻ります。
つまり、遺言による指定相続分・それがなければ法定相続分、ということです。
自分の寄与分を主張したいとか、相手の特別受益を指摘したいだとか、遺産分けの家族会議でそういった事情を持ち出したいのであれば10年までとなります。
ただし、この規定はそもそも遺産分割協議が紛糾した場合が想定されています。
共同相続人の全員の合意が取れているといった事情があるのであれば、具体的相続分が一切適用する余地がないというわけではありません。
したがって、「具体的相続分が10年後に適用できるのは?」と逆に考えてみると次のように言えます。
- ①具体的相続分でいくんだと共同相続人の全員の合意が取れたケース
- ②遺産分割協議が紛糾したので10年経過前に家庭裁判所へ話を持っていったケース
- ③やむを得ない事由の消滅から6ヶ月以内に家庭裁判所へ話を持っていったケース
②と③については条文通りなので良いのですが、①については「一応そう言われている」という所なので注意はして欲しい話です。
改正直後ですから、今後先例であるとか判例などで運用が定まっていく部分です。
ただ、まぁ全員の合意があるのであれば事実上裁判にもなりませんし、問題は生じないように私も思います。
仲が良いのであれば「10年も放置せずに、とっとと話し合いをやりなさいよ!」と突っ込みたくなる状況ですが、案外実際の現場ではあり得そうな話です。
さて、次回は「法定相続分の割合」について見ていきます。
ようやく遺留分算定の基礎になる話です。