「実家の片付けをしていたら、亡くなった父が昔乗っていたプレジャーボートの書類が出てきた」
「そういえば、父は若い頃によく海釣りやマリンスポーツに行っていたな……」
ご家族の中に水上に関する事業や趣味のある方がいる場合、その相続手続きには「陸の財産(動産・不動産・預貯金等)」にはない、重大な落とし穴が潜んでいます。
それが今、大きな社会問題となっている「不法係留船(放置船)」のリスクです。
この問題について特定行政書士・海事代理士が解説します。
係留船とは?
船の係留とは、自動車における「駐車」のようなものです。
自動車を購入する際は「車庫証明」によって厳格に保管場所を特定することが義務付けられていますが、実は船舶には全国一律(※)の「車庫証明」のような事前チェック手続きが存在しないことに問題の所在があります。
※神奈川県条例など一部の個別条例は存在します。
(参考/神奈川県)神奈川県のプレジャーボート保管場所届出制度
(参考/警視庁)保管場所証明申請手続(窓口での申請)
適正なマリーナ等の係留場所以外の河川や港湾に放置されてしまっているのを「不法係留船」と呼びます。
「昔の趣味のボートを、乗らなくなったまま水上に放置していた」というケースは、決して珍しくありません。
これが現在、社会問題化しており各自治体はその対策に動き出しつつあります。
(参考/東京新聞 2024年7月22日 12時00分)水辺に不法な「放置船」ズラ~リ…一体誰の?規制どうなってる?
(参考/朝日新聞 2024年1月30日 19時00分)不法係留の果てに船の「墓場」 全国で放置艇4割、なぜ減らないのか
(参考/テレ朝NEWS 2025年10月15日 12:01)「船の墓場」川に放置&沈没 不法係留が増加「本当に危険」税金で撤去費用7300万円
(参考/九州地方整備局)不法係留船とその一般的な対策
行政が代わりに撤去する仕組みが存在します
このように放置された船は、最終的にどうなってしまうのでしょうか。
こうした場面に準備されているのが行政代執行法という法律で、令和8年6月12日に川崎市において実施する旨のプレスリリースがありました。
(参考/川崎市 発表日:2026年6月12日)【報道発表資料】 放置船に対する行政代執行を実施します
川崎市は、川崎区白石町にある民間保有係留施設前に平成30年10月から係留、その後放置されている個人所有の遊覧船「船名:(※筆者注:具体名は省略※)」に対し、行政代執行法第2条に基づく代執行による撤去等を6月17日(水)から行いますので、お知らせします。
(引用元:川崎市)放置船に対する行政代執行を実施します
行政代執行法という法律の仕組みは、例えば倒壊寸前の空き家を行政が強制的に解体するのと同様の仕組みです。
倒壊寸前の空き家にせよ船舶にせよ純粋に危険ですし、町の景観も損ねてしまうでしょう。
川崎市の事例では次のような経緯説明がなされています。
5 放置に至るまでの経過・代執行を行う理由
当該船舶は、本市川崎区白石町に立地する、(※筆者注:具体名は省略※)の桟橋に、平成30年10月から係留され、その後放置状態となり、令和7年2月には強風により船体が傾き、船体が一部水没しました。
当該船舶が放置されている場所は、川崎港放置等禁止区域内であることから、本市は所有者等に対して本船を撤去するよう平成30年11月から行政指導を行ってまいりましたが、撤去が進まないため、港湾法に基づき撤去命令書(撤去期限:令和8年5月20日)を所有者である個人及び運航会社である(※筆者注:具体名は省略※)宛てに送付いたしました。しかしながら撤去命令書に定める期限までに撤去が行われず、また、本船が今後転覆し、漂流等した場合、周辺企業や航行船舶に支障を及ぼし、川崎港の港湾区域を良好な状態に維持できなくなることから、行政代執行法に基づき、本市が代執行による撤去等を実施します。
(引用元:川崎市)放置船に対する行政代執行を実施します
本来管理問題は民法上の所有者責任となりますが、自治体(=行政)がまずは警告(=戒告)し、対応しない場合に所有者に代わって撤去(=代執行)し、その撤去費用を所有者に請求するというものです。
相続実務における注意点
ここで注意しなければならないのは、相続というのは原則としてプラスの財産もマイナスの財産も引き継いでしまうという点になります。
【民法】
(相続の一般的効力)
第八百九十六条 相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。ただし、被相続人の一身に専属したものは、この限りでない。
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【行政代執行法】
第二条 法律(法律の委任に基く命令、規則及び条例を含む。以下同じ。)により直接に命ぜられ、又は法律に基き行政庁により命ぜられた行為(他人が代つてなすことのできる行為に限る。)について義務者がこれを履行しない場合、他の手段によつてその履行を確保することが困難であり、且つその不履行を放置することが著しく公益に反すると認められるときは、当該行政庁は、自ら義務者のなすべき行為をなし、又は第三者をしてこれをなさしめ、その費用を義務者から徴収することができる。
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そのため、行政が撤去せよと戒告したにも関わらず、相続人がこれに対応しなかった場合、行政が負担した撤去費用がすべて相続人に請求される可能性が生じます。
一般に不動産の戸建ての解体費用は数百万円ほどかかりますが、船舶の撤去費用は特殊性から不動産以上に高額な撤去費用になりがちです。
例えば、和歌山の行政代執行事例にあっては放置漁船の所有者に1,200万円の費用請求がされる旨の報道がなされています(参考/Youtube 2022年6月10日放送:放置船舶を行政代執行で撤去 費用約1200万円を所有者に請求 和歌山県内に約1000隻の船が放置)。
相続不動産に関しては更地にした後に売却や利活用できる余地があるでしょうが、長年放置されていた船舶についてはただのマイナスにしかならない点も大きな問題です。
さらに行政代執行法による費用請求は、法律上「税金の滞納処分」と同レベルでの非常に重い効力を有しています。
通常、強制競売の前提となる差押えというのは民事執行法による所定の手続を踏む必要がありますが、滞納処分による差し押さえというのはこれが非常に簡素化され、滞納者の不動産や預金口座などの財産をダイレクトに差し押さえることが可能となっています(参考/滞納処分と強制執行等との手続の調整に関する法律 )。
そのため、相続人について、放置船について無視を続けていれば最終的に、この行政代執行法による費用請求のほか、河川法等による刑事罰の処罰リスクまで降りかかってくるといえます。
【行政代執行法】
第六条 代執行に要した費用は、国税滞納処分の例により、これを徴収することができる。
② 代執行に要した費用については、行政庁は、国税及び地方税に次ぐ順位の先取特権を有する。
③ 代執行に要した費用を徴収したときは、その徴収金は、事務費の所属に従い、国庫又は地方公共団体の経済の収入となる。
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水上に関する事業や趣味はありませんか?
船舶(大型・小型・遊覧船・漁船など)の多くは登録や登記など各種行政手続によって所有者が紐づいています。
そのため相続実務においては、不動産や車両と同様に所定の相続手続を船舶についても原則行う必要があります。
一般論として相続実務で念頭におくべきは不動産調査で、名寄せ等の固定資産調査と法務局の登記簿調査を組み合わせて行うことが多いといえますが、船舶調査については一般的ではないうえ、不動産調査では絶対に出てきません。
そのため、亡くなった故人の遺言書やエンディングノート、故人と近しい親族等のヒアリングをもとに別途個別に探し出す必要が出てきます。
相続実務でいえばきっちりと遺品整理を行って確実な書類を探しつつ、日本小型船舶検査機構等へ別途調査を行う流れとなるでしょう。
特に前述した「行政代執行法による費用請求等」の可能性を踏まえると、遺産の全体像を早急に把握したうえで、相続放棄・伸長手続まで視野に入れるべきケースが出てくるかもしれません。
【民法】
(相続の承認又は放棄をすべき期間)
第九百十五条 相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から三箇月以内に、相続について、単純若しくは限定の承認又は放棄をしなければならない。ただし、この期間は、利害関係人又は検察官の請求によって、家庭裁判所において伸長することができる。
2 相続人は、相続の承認又は放棄をする前に、相続財産の調査をすることができる。
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相続の放棄の申述 | 裁判所
相続の承認又は放棄の期間の伸長 | 裁判所
※相続放棄等の手続については別途弁護士等の専門家と連携して行っております。
まとめ
これまで国内人口のボリュームゾーンであった団塊の世代が、後期高齢者である75歳以上となった事による様々な問題の総称を「2025年問題」といいます。
つまり、国内の相続事件は2030年~2035年頃にピークを迎えることが既に確定しているといえます。
前述した不法係留船の問題は既に社会問題化していますから、今後「相続×不法係留船」という更に難易度の高い問題が顕在化すると私は懸念しています。
相続が発生してから適切に調査・手続を行うべきことは言うまでもありませんが、特に水上に関して事業や趣味をお持ちの方は、生前に遺言書やエンディングノート等の作成といった終活きちんと行って、子や孫の世代が困った事態にならないようしっかりと整備を行っておくことをお勧めします。

