遺言(ゆいごん)と聞くとマイナスなイメージはありませんか?
このマイナスなイメージから誤解が生じているかもしれません。
よくありそうな誤解を1つ1つ解いていきましょう。
第3回目は「遺言は人生で一度しか書けないでしょ?」です。
遺言は人生で一度しか書けないでしょ?
結論から申し上げますと、何度でも書くことができます。
以前の記事でも解説しましたが、遺言を書くタイミングとは「死を悟った時」に書くものとは限りません。あくまでもご自身が必要であると感じた時で構わないのです。
であれば例えば、遺言を50歳で書いてから亡くなる90歳とすれば実に40年も時間が空いてしまっています。もちろんこの遺言でも所定の条件を満たしていれば、古過ぎるから無効だ!なんてことにはなりません。
しかし、これだけ時間が空いてしまうと、状況は全く違ったものになっていることが通常だと思います。
そこで、民法はそもそも何度も書くことを想定して制度設計がなされているのです。
抵触する後の遺言による撤回
前回の「抵触する生前処分による撤回」と合わせて法定撤回などと呼ばれる話になります。
簡単に言うと、2通遺言が出てきたときはどのような取り扱いになるのかという話です。
以下、前回の話と同様の事例で考えてみましょう。
事例を単純にしたいので、奥さんは既に他界しており3人家族としましょう。
遺言者:山田太郎
遺言者の長男:山田一郎
遺言者の二男:山田次郎
例えば、「甲不動産を長男山田一郎に相続させる。(第一遺言)」を書いたとしましょう。
その後に気が変わったりであるとか、そもそも書いたことを忘れてしまったりだとか、保管した場所を忘れてしまったのでもう一度遺言を書くことにしたりであるとか。そういった事情で「甲不動産を二男山田次郎に相続させる。(第二遺言)」が出てきてしまった場合にはどうなるのか。
これも前回と同様に矛盾が生じてしまっていますよね。
適用される条文は前回と同じですが第1項の方となります。
民法
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089
(前の遺言と後の遺言との抵触等)
第千二十三条 前の遺言が後の遺言と抵触するときは、その抵触する部分については、後の遺言で前の遺言を撤回したものとみなす。
2 前項の規定は、遺言が遺言後の生前処分その他の法律行為と抵触する場合について準用する。
日本語に翻訳すると、矛盾する遺言が2通以上出てきたら「最新の後ろの遺言を優先させて、古い前の遺言の矛盾する部分についてはなかったことにしましょう」という意味になります。当たり前ですが、2通以上遺言を書けることが前提となっている規定です。
最も新しい遺言が最優先である、ということがわかれば十分でしょう。
しかし、そうすると新しい遺言が10通も20通も出てきてしまうかもしれません。となると全ての遺言について矛盾点を探す作業を遺された遺族しなくてはなりませんので大変です。
そこで、次のような民法のルールを利用することができます。
遺言による撤回
遺言制度の1番の目的は「遺言者の最終意思の尊重」にあります。
遺言作成から何十年も経ってしまうと、経済状況も変われば、家族関係から考え方まで様々なことが変わってきているかもしれません。書いた遺言に拘束されてしまうような制度であれば、誰も遺言なんて書かないでしょう。
多くの民法の基本書には「遺言撤回の自由」という説明がなされますが、次のようなルールが民法に存在します。
民法
(遺言の撤回)
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089
千二十二条 遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。
ここで気を付けなければならないのは「遺言の方式に従う」必要があるという点になります。
一見すると「いつでも」という点から緩いルールに見えてしまいますが、あくまでも日本の遺言制度は厳格なルールが決まっています。
あくまでも「遺言の書き直し」を行うのであれば使いやすい制度ではないかと思います。
例えば先の事例で言えば第二遺言の冒頭に「令和5年4月1日に自筆証書遺言を作成したが、当該遺言の全部を撤回する。」とでも書くだけで良いのです。
これで第一遺言の法律的な効果は一切生じなくなります。
もちろん、「家族へのラブレター」部分が否定されるわけではありません。
ずっと言っていることですが、付言事項にこそ遺言者の想いを詰めるべきで、第二遺言においても付言事項を書くべきだと思います。
なんで第一遺言を撤回するに至ったのか、どんな想いでそう決めたのか、どれだけ家族を愛しているのか山ほど書くことはあるのではないかと思います。
やや細かいですが念のために触れておきますが、第一遺言(撤回の対象)と第二遺言(これから撤回するもの)が同じ形式でなければならないというルールはありません。
第一遺言が自筆証書遺言、第二遺言が公正証書遺言といった運用も可能です。
破棄等の事実行為の撤回
遺言の撤回の話がテーマですので一応触れておきます。あまり積極的にお勧めすることはできませんが、破棄、つまり遺言者が自分の遺言を破り捨てたらどうなるか?という話になります。
民法
(遺言書又は遺贈の目的物の破棄)第千二十四条 遺言者が故意に遺言書を破棄したときは、その破棄した部分については、遺言を撤回したものとみなす。遺言者が故意に遺贈の目的物を破棄したときも、同様とする。
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089
あまり考えたくはありませんが、例えば遺言を書いて遺産を貰えることに安心した長男からいじめられるような事態になった場合の最終手段としては使えるかもしれません。
ただし、これは原本が別の場所に保管されているタイプの遺言には適用されませんので一応の注意は必要です。
例えば、公正証書遺言の原本は公正証書役場で保管されることになっています。同様の制度で令和2年から運用がされている法務局による遺言書保管制度も同様に法務局で保管されることになっています
どちらの遺言についても手元に何らかの書類が届くことになりますが、それはコピーという位置づけで、あくまでも「原本」は別の場所にあるという制度です。
公正証書遺言などを怒りにまかせてコピーを破り捨てたとしても撤回の効力は生じません。
撤回の撤回はできるか?
ここは具体的に見てみましょう。
例えばこのようなケースです。
第一遺言「一郎にあげる」
第二遺言「第一遺言を撤回する。次郎にあげる。」
第三遺言「第二遺言の撤回することをやめる。」
この第三遺言でやっていることを「撤回の撤回」と呼びますが、これも民法にルールがあります。
民法
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089
(撤回された遺言の効力)
第千二十五条 前三条の規定により撤回された遺言は、その撤回の行為が、撤回され、取り消され、又は効力を生じなくなるに至ったときであっても、その効力を回復しない。ただし、その行為が錯誤、詐欺又は強迫による場合は、この限りでない。
遺言は本当に裁判例の多い分野で、この論点についても例えば最判平成9年11月13日という有名判例などがある部分ではあります。しかし、わざわざ遺された遺族に争って欲しいと願う人など普通はいないでしょう。この判例も遺言者が亡くなった平成3年から結論の出る平成9年まで実に6年間も身内で殴り合いをしたことになります。
そのような事態をできるだけ避けるためには「第三遺言をしっかり全部書き直すこと」これに尽きると思います。
特に、専門家を頼らずにご自身で行う場合には極力安全運転を行うべきです。
安全運転とは「法律が決められたルール通りにやること」です。
「遺言の撤回」という今回のテーマ全てに共通する話ですが、全てを書き直して2通目のラブレターを書くつもりでいた方がよいです。
遺言とは家族へのラブレターですので、遺された遺族としてはたくさん手紙をもらった方が嬉しいに決まっています。
まとめ
- 遺言は人生で何回でも書くことができる。
- 2回目以上になる場合は「矛盾が生じた話」を知っておくべき。
- 「遺言の撤回」は全面戦争になりやすいので、めんどくさがらずに2回目以降は全部書き直す。