第二回のテーマは「遺言(ゆいごん)には厳格なルールがある」という点になります。
「遺言とは家族へのラブレター」である。
前回と同様に、この点について深掘りしていけたらなと思います。
遺書と遺言の相違点
相違点② 内容のルールが法律で決められているか
遺書(いしょ)と遺言(ゆいごん)について、ここが両者の決定的な違いになります。
遺書(いしょ)というものは法律で明確に定められてはいません。
例えば年賀状で「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」と書いたところでなんの法律効果が生じないのと同じです。
これは単なる新年のご挨拶です。もちろん、年賀状をもらった相手が嬉しい気持ちになるなどの意味はあるでしょうが、それ以上の何か契約などの法律に書いてある特別な効力が生まれるわけではありません。仮に「今年こそは絶対デートしようね!」と書いてしまったからと言って、この年賀状だけをもってデートを強制することは難しいです。
この事を一般に「法的拘束力がない」と表現されます。
しかし、遺言(ゆいごん)というものは法律で明確に定められています。
「遺言によって実現できる」と法律に明確に書かれている部分については、後々争いになったとしても国家権力をして強制的に実現できるという意味になります。
民法学では「遺言者の最終意思の実現」などと表現されるところですが、「遺言を書く」というのは列記とした法律行為なのです。
この事を一般に「法的拘束力がある」と表現されます。
例えば、 遺言で実現できることの代表例は「自宅を長男に継がせる」というものです。
民法
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089
(遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止)
第九百八条 被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め、若しくはこれを定めることを第三者に委託し、又は相続開始の時から五年を超えない期間を定めて、遺産の分割を禁ずることができる。
一応根拠となる条文を引用しましたが、遺言(ゆいごん)は「法律で明記されていること」であれば実現できるという事をまずは理解できれば十分です。
一方で「法律で明記されていないこと」を遺言(ゆいごん)に書いたとしても何ら問題はありません。
その場合、強制力がないので必ず実現できるかわからないというだけです。
しかし、遺言制度で最も重要なのはこの法律で明記されていない部分です。
民法に書かれていませんが、この「法律で明記されていないこと」は「付言事項(ふげんじこう)」と呼ばれます。
この付言事項については「法的拘束力がない」ので遺書(いしょ)と同様に何を書いても構わない部分になります。
しかし、この付言事項を最も重視しなければならないと私は思うのです。
言葉で概念を説明するより具体的に事例を見た方が早いと思います。
以下、このような人物関係でいきましょう。4人家族です。
遺言者:山田太郎
遺言者の妻:山田花子
遺言者の長男:山田一郎
遺言者の二男:山田次郎
次郎の目線になって考えてみてください。

これを見たとき、次郎はどう思うでしょう。
なんで長男の一郎だけ?ふざけるなよ!と怒ってしまうかもしれません。
ほんの少しのすれ違い・わだかまりが後々に大きな紛争を招くのです。
そもそもこの遺言書は偽造されているんじゃないか?弁護士事務所に駆け込むかもしれません。
依頼を受けた弁護士としてはクライアント(この場合は次郎)の利益を最大限に尊重して動きます。遺言者である山田太郎はクライアントではありませんから、太郎の意思など無関係に動いてしまうかもしれません。
そういう事情から、次郎の弁護士は遺言書の欠陥を必死に探して裁判に持ち込みます。なんとか次郎を一郎の魔の手から救おうと頑張っているのです。
裁判官「この遺言書は本当に太郎が書いたのか?一郎に偽造されたものじゃないのか?確かにおかしいぞ?」
こうして血みどろの争いが兄弟間で始まってしまいます。
ちなみにですが、裁判になった場合、弁護士費用から訴訟費用まで多額の費用がかかります。
具体的に訴額が5000万円だとして、着手金が¥2,190,000で成功報酬が¥4,380,000(弁護士会ホームページ参考)、合計¥6,570,000也。プラスとして敗訴者負担の訴訟費用ですね。旧報酬基準(現在、自由化されています)を参考に計算してみましたが高額であることには変わりないでしょう。
勿論、弁護士の先生にお願いして徹底的に争わなければならない場合もあるでしょう。その場合であれば弁護士の先生にはお願いするべきです。お医者さんなどが良い例ですが、専門性の高い知識というのは貴重なので高いのです。生き死に関わる問題なので安かろう悪かろうでは困ります。
しかし、避けることができる争いは避けるべきではないでしょうか。
また、争う期間も相当な長期間になりかねません。仮に最高裁判所まで争った場合、10年ほどの年月を要する場合も珍しい話ではないです。
参考までに会社の経営権を巡って遺言書の筆跡などが争われた非常に有名な事件で「一澤帆布事件(最判平成21年6月23日)」というものがあります。
この事件で遺言者が亡くなったのは平成13年3月ですが最終的な決着まで実に9年もかかっています。
兄弟間で10年も殴り合えばその後の関係性など容易に推察できるのではないかと思います。
それでは同じ事例で「付言事項」があった場合を見てみましょう。

この遺言で一番揉めそうな部分は間違いなく「なぜ長男一郎の取り分が多くなってしまうのか」です。
どうでしょう、心を込めて理由などを記載すれば印象が全く違ってきませんか?
もしかすると次郎も納得してくれるかもしれません。訴訟にならないかもしれません。
兄弟間の訴訟の可能性が1%でも変わるのであれば、手を打っておくべきだと思いませんか?
「遺言は家族へのラブレター」だと表現しましたが、まさしくこの部分に対する話です。
付言事項が単なる「法律効果のない部分」だと思いますか?
聡明な読者の方であれば、もう答えを言わずともわかりますよね。
そうです、遺言者が想いを詰めるべきは、この付言事項という部分なのです。
ここだけ心に留めていただければ他の細かい話なぞ全部忘れていただいて結構です。
相違点③ 書き方のルールが法律で決められているか
ここも遺書(いしょ)と遺言(ゆいごん)の決定的な違いになります。
前述のとおり、遺書(いしょ)とは法律で定められているものではありません。
好きに書いて良いし、どのような書き方でも全く問題ありません。
しかし、前述のとおり、遺言(ゆいごん)には「法的拘束力がある」部分が存在します。
法律学で遺言は「遺言者の最終意思の実現」と表現されるように、これは非常に強い効力です。
詳しい解説は蛇足なので避けますが、有名な裁判例を挙げるなら例えば最判平成3年4月19日などが筆頭でしょう。
要するに遺言(ゆいごん)の効力というのは強いのです。
である以上、「書き方」についても極めて厳格に定められています。
従って、それに違反した遺言(ゆいごん)は「効力がない」と裁判で言われてしまいます。
詳しい話は民法に規定がありますが、ここでは最もスタンダードな「自筆証書遺言」についてだけ確認しておきましょう。
民法
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089
(自筆証書遺言)
第九百六十八条 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
この条文が守れと意味するところは3つほどあります。
- ①全文だけでなく、②作成日付、③氏名を書くこと
- ①~③は必ず全てをご自身の手書きであること
- ④ハンコを押すこと
先の山田太郎の遺言書(付言事項なし)でこれを確認してみましょう。
わかりやすいのでこの例を挙げているだけですからね。
ご自身で書く際にはできるだけ「付言事項」に想いを書いてください。

対象不動産の物件名の書き方とか、生年月日いるのとか住所どうすんのとか、作成年月日の代わりに東京オリンピック開催日だったらいいかだとか、ペンネームは良いのとか、花押は良いのとか拇印は良いのとか、カーボン用紙がどうだとか、財産目録がうんぬんかんぬん山ほどある細かい話は心底どうでも良いと思います。
わざわざ裁判例のあるグレーゾーンに突っ込む必要なんて一切ありません。疑義が生じたから10年とか最高裁判所まで揉めている話なんですよ?
山ほどある裁判例の正体は、付言事項でご自身の家族への想いを一切書いていないうえ、ルールを守っているか疑義が生じてしまったから。それ以外の何者でもないと私は思います。
専門家を頼らずご自身でやるのであれば、間違いなく安全運転で条文通りに記載すべきです。
要するに上記で示した①~④のとおりに本文から作成日と名前まで全て手書きで自分で書いてハンコを押す、それだけです。
これであれば間違いありません。
ご自身で作成したとしても正真正銘有効な完全無欠の遺言です。
裁判例など交えながら細かい制度解説の話をやり始めると、それこそ本が数冊書けてしまうような話になってしまいます。
しかし、最も簡単な遺言(ゆいごん)はたったこれだけの話なんです。
やろうと思えば今すぐ30分ほど時間を割けばできてしまう話ではないでしょうか。
この遺言という制度は本当に日本の素晴らしい文化であると私は思います。
私は全ての方に「大切な人へのラブレター」を書いて頂きたいと思っています。
財産の多い少ないは全く関係ありません。
ご自身の青春時代を思い返してみてください。
恋人へラブレターを書くのに財産など関係ないでしょう、それと全く同じ事です。
大切な人に自分の想いを文章で表現する。
これこそが遺言を書くにあたって最も忘れてはならない部分です。
まとめ
- 遺言(ゆいごん)とは大切な人へのラブレターである。
- 法律で定められている話は遺言で実現できる。
- 遺言は法律のルールを守らないと効力がないと言われてしまう。