遺言と相続は切っても切れない関係にあります。
第3回目のテーマは「一郎vs花子戦争の結末」になります。
遺留分侵害額請求権の争いになったらどうなるかを事例に即して考えてみましょう。
遺留分侵害額請求権
先の事例に戻りましょう。
長男一郎に家を追い出されてしまった妻花子に救いの道はないのか?という問題です。
妻花子は遺留分侵害額請求という主張が可能です。
まさに相続人の生活保障のためのルールを民法は予め準備してくれています。
簡単に言えば先日話題に挙げた「遺留分」を確保するための仕組みになります。
民法
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089
(遺留分侵害額の請求)
第千四十六条 遺留分権利者及びその承継人は、受遺者(特定財産承継遺言により財産を承継し又は相続分の指定を受けた相続人を含む。以下この章において同じ。)又は受贈者に対し、遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求することができる。
この遺留分侵害額請求権は平成30年度の民法改正によって大きくルールが変わったところになります。
従前の「遺留分減殺(いりゅうぶんげんさい)」という制度は廃止され、新しい制度とは仕組みそのものが違っているので知識のアップデートが必要な点になります。旧法下の制度で今後表舞台に登場することは中々ないので忘れてしまって問題ありません。
ただ、各種資格試験などを目指している方で古いテキストを使っている方は注意してくださいね。
法律とは生き物のようなものなので、受験生たるもの最新情報にアンテナを張ることは基本中の基本で遺留分減殺の記載がある古いテキストを使おうなどと論外も良いところです。
さて、この遺留分侵害額請求権というものはこのように言い換えることができます。
- 一定のお金を払えと言える(土地や建物を返せとは言えない)
- あくまでも請求しないといけない(自分から手を挙げる必要がある)
読んで字のごとく民法のルールは「カネを請求することができる」という制度です。
逆に言えば請求しなかったらそのままです。単なる泣き寝入りという非常にドライな制度設計です。
ここに限ったことではないのですが「権利」というものは「使う」ことも「使わない」ことも自由である、というのが日本の法体系の本質的な部分です。
残念ながら「ルールを学ぼうとしなかった」という人を法律は積極的に救ってはくれません。刑法での法格言ですが「法律の錯誤は故意を阻却しない」というものがあり、およそ全ての法律に妥当する話です。自分や家族を守るためにルールを知る、という姿勢が重要になります。
困っている人を行政が積極的に介入して救う場合もありますが、どちらかと言うとレアケースです。
これは法律という日本のルール全般に言えることですが、一見すると冷たい側面があるのは事実です。
仮に妻花子が役所の無料法律相談会などで弁護士等に相談したとします。
これであれば遺留分制度を法律を知らなくても救いの道はあります。
おそらく、担当弁護士は遺留分侵害額請求権を行使するでしょう。
少なくとも遺留分の確保はできるようになると思います。
今後の生活の糧となるお金ですので、大きな違いが生じてきます。
しかしここで「請求権を行使」するということが一体何なのかを考える必要があります。
花子さん、老後のお金が確保できてよかったね、ではないんです。
遺言は遺留分を考えて作るべきである
まずは「遺留分侵害額請求権を行使した」とは何か具体的に考えてみましょう。
状況によって話が変わってしまうのであくまでも一例ですが、まずは内容証明郵便を送ることになろうかと思います。
いついつまでに遺留分を支払ってくださいね、というわけです。
それでもなお長男一郎が無視をすることだってありますよね。
そうなれば基本的には裁判しか手立てはありません。
妻花子名義で弁護士が訴状を書いて、裁判所に提出して裁判のスタートです。
まぁ、遺留分侵害額請求であれば基本的には問題なく通りますので、妻花子の勝てる勝算はあると思います。
しかし、勝訴判決が出てもなお長男一郎が無視をしたらどうなるのでしょう。
勝訴判決だけではまだ実現できるかどうかはわかりません。
そうなれば後はもう民事執行法による強制執行ということになります。
なんとなく「強制競売」とか単語を耳にしたことはないでしょうか。
国がオークションにかけて売っぱらった競売代金から回収するというものが代表例です。
なお、通常は民事保全法の手続を事前に打つ場合が多いでしょうが、割愛しています。
どうでしょう、私の言う「血みどろの殴り合い」というのが想像できるでしょうか。
裁判が下級審で終われば良いのですが、これが最高裁まで争うとなれば10年もの年月がかかるなど現実では生じてしまっています。そしてそこから強制競売となると更に1年程度は要する事になります。
このケースで妻花子は高齢でしょうけど、平穏が訪れるのは一体何歳なのでしょう。
そもそも生きているうちに結論が出るかどうかも定かではありません。
遺言のトラブル防止という役割
遺言を実際に書く場合にあたっては、遺族の生活それぞれに対して想いを巡らせてあげることが大切です。
先の例で言えば、遺言者の太郎は付言事項にて「一郎や、お母さんの花子を頼んだよ。二人仲良く暮らしてください。」と想いを伝えてさえいれば、事態は全く違ったものになったかもしれません。
そもそも長男一郎が妻花子を追い出すような事をしなければ、しっかり生活の面倒を見てあげていればこんな事にはなっていません。
妻花子が困窮する事態を遺言者の太郎が想定していなかったことが問題の発端のように感じます。
後々の遺産争いを防止するというのも遺言制度の大きな役割です。
ましてや遺留分を請求し合うような状況を作らないようにするのも役割の一つだと言えます。
まとめ
- 遺言内容は自由に決めてよいものである。
- 一定の遺族には遺留分という民法上保障された取り分がある。
- それを行使しなければならない状況はなるべく避けるべき。