遺言を書くにあたって、遺留分という制度を知っておいた方がよく、遺留分を計算するためには相続制度を知る必要があります。
第2回目は「具体的相続分」というテーマを見ていきます。
具体的相続分とは?
具体的相続分(ぐたいてきそうぞくぶん)とは、平たく言えば「実際に相続人が手にする事になる取り分」です。
前回の事例に沿って見ていきましょう。
まず、山田A郎さんが亡くなるとその遺産がいったんB郎とB次の共有状態に入ります。
ここで相続人それぞれの割合を一応は出す必要があるので、いったん割合を定めました。優先順位としては「遺言による指定相続分」、それがなければ「法定相続分」という順番になります。
一時的に遺言や法律が決めた「暫定的な取り分」と単純に考えてしまって問題ありません。
そして、この後に必要となる手順が「遺産分割協議」となり、そこで定められるのが「具体的相続分」となります。
この点について、伊藤真先生の著書がわかりやすかったので引用させて頂きます。
各共同相続人は、相続分の指定または法定相続分に基づいて個々の相続財産に基づいて持分を有する。このような遺産共有状態は、遺産分割によって解消される。遺産分割においては、指定相続分あるいは法定相続分どおりに分割されることもあるが、多くの場合には、相続分の指定または法定相続分に一定の修正を加えた相続分額が遺産分割の基準となる。これが具体的相続分である。具体的相続分は、遺産分割において共同相続人間の実質的公平を図るために、遺産分割手続を経て形成される。
『親族・相続(第4版)』p173(著 伊藤真)
それでは遺産分割協議とは何でしょうか。
遺産分割協議とは?
遺産分割協議(いさんぶんかつきょうぎ)とは、個々の遺産をそれぞれ誰が引き継ぐのかを話し合う家族会議です。文字通り「遺産を分ける家族会議」というわけです。
細かい話は蛇足なので割愛しますが、民法にばっちり厳格なルールが定められています。
民法
e-gov法令検索(民法)
(遺産の分割の基準)
第九百六条 遺産の分割は、遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。
(遺産の分割の協議又は審判)
第九百七条 共同相続人は、次条第一項の規定により被相続人が遺言で禁じた場合又は同条第二項の規定により分割をしない旨の契約をした場合を除き、いつでも、その協議で、遺産の全部又は一部の分割をすることができる。
先の事例に合わせて図示するとこのような形になります。
まず、誤解が多いところから話をしておくと、そもそも「法定相続分でなければならない」というルールは民法という法律の中に存在しません。強いて言えば、遺留分という法定相続分を基礎とした「一応は保障されている金額」が存在するだけです。
上記の図ではあえてB次の取り分を多く設定しました。遺言による指定相続分がなかったとすると、暫定的に定まるのは法定相続分で1:1となります。
しかし、こういう事情があったらどうでしょう。
A郎はB次夫妻と同居しており、終末の介護を献身的にB次夫妻が行った。B郎もA郎にこまめに連絡は取っていたものの、遠方に住んでおりなかなか手伝える状況ではなかった。
故A郎の遺産分割協議にて、B郎はB次夫妻の献身的な介護に感謝の意を伝え、自分よりも多い取り分を提案し、B次はこれに同意した。
他にありそうな事例としては、B郎がお金に困っているような事例でしょうか。
B次は事業を行っている。しかし、A郎が亡くなる数年前からその経営は傾いており、現在、資金繰りに奔走している。1円でも多く事業資金がB次には必要だという事情をB郎は知っており、自分が公務員でお金に困っていないことを伝え、故A郎の遺産分割協議にて、自分よりも多い取り分を提案し、B次はこれに同意した。
実務的に遺産分割協議は全員の同意が必要とされており(登記手続など特に厳格に求められます)、今回のケースでは共同相続人であるB郎とB次の2人とも全員が同意している必要があります。
逆に言えば、B郎とB次が納得していればどのような内容にしたって問題ないとも言えます。
「B郎がゼロ、B次が全部」という内容だったとしても法律的に全く問題ありません。
みんなで平等に分けるのもよし、介護等の事情を汲むのもよし、お金に一番困っている人に全部渡すのもよし、自由自在です。
なぜか「法定相続分」という「一見公平に見える」取り分が先行して世間に浸透していることも遺産分けの争いが多い一端になっているのではないかと私は思います。
そもそも共同相続人は全員が「同じ立場」ではないことの方が圧倒的に多いのです。誰かが介護をしていたのであれば、他方は介護をしておりません。誰かが事業を継いだのであれば、他方は事業を継いでおりません。
この世に「全く同じ相続事件」など存在するわけありません。個々の事情それぞれを汲み取って考える必要があると私は思います。
なお、具体的相続分を説明している最高裁判所の判例を引用するとこのような表現になります。
共同相続人中に、被相続人から、遺贈を受け、又は婚姻、養子縁組のため若しくは生計の資本としての贈与を受けた者があるときは、被相続人が相続開始の時において有した財産の価額にその贈与の価額を加えたものを相続財産とみなし、法定相続分又は指定相続分の中からその遺贈又は贈与の価額を控除し、その残額をもって右共同相続人の相続分(以下「具体的相続分」という。)とする旨を規定している。
最判平成12年2月24日(裁判所ホームページ)
さて、次回は「具体的相続分には期限がある」という点について見ていきましょう。