【実録】所有者不明問題に巻き込まれた行政書士

相続手続

所在不明土地問題、今日本全国で大問題となっている事をご存じでしょうか。
一説によれば、九州ほどの面積になるという試算も打ち出されています。

それを解消すべく新設された国庫帰属制度を業務として行えるのは弁護士・司法書士・行政書士だけですから、弊社にとってとても大事なトピックです。
しかし、専門であるはずにも関わらず、行政書士が当事者だったというお話です。
まだ解決はしておりませんが、こういう事例は本当に世の中多いのではないかと思います。
なお、本人の執筆なので守秘義務の問題にはなり得ない事を一応申し上げておきます。

これは私見ですが、不動産については法定相続分で共有にはせず、できることなら誰か1人に継がせた方が良いと思います。
安易に法定相続分で分けてしまうと、その後ネズミ算式に所有者が増えます。

今回の事例のように本当にとんでもなく大変な事になりかねません。
さて、どんな大変な話なのか見ていきましょう。

先祖名義の山の存在を知る。

話の発端は叔父と電話で世間話をしていたときの事でした。

「そういえばさ、死んだ爺さんが山を何人かで持ち合っていたらしい。」

祖父の相続手続は10年以上前に完全に終わったものだとばかり思っていたので衝撃的でした。
ちなみに登場人物は以下のような関係です。
なお、私以外の氏名は仮名とさせて頂きます。

田中家の人物関係(登場人物)

・田中A吉(慶応2年生)→高祖父。

・田中B吉(明治24年生)→曾祖父。私の出生前に亡くなる。

・田中C雄(大正13年生)→祖父。10年以上前に亡くなる。

・田中D雄(昭和26年生)→父。祖父より前に亡くなる。

・田中秀忠(行政書士の人)→祖父を代襲して相続する。

民法の相続法を学習した方にとっては自明でしょうが、父D雄が祖父C雄よりも先に亡くなっているので、代襲相続の事案になります。
要するに私秀忠は祖父C雄の相続人、という事です。

一応は相続の専門家を名乗っているところですが、それでも本当に知りませんでした。

原因の1つとしては祖父の葬式や遺品整理など全てを叔父・叔母に全て任せていという点。
もう1つは「田舎の山」という事で価格も安く、非課税だった点などがあると思います。
当事者目線として、真面目に知りようがないというのが正直なところです。

今回、痛感したところとして「財産調査」の重要性です。
祖父C雄が亡くなった時に、土地建物の相続登記を行った関係で司法書士の先生が関与しています。
この時に念のため曾祖父のB吉・高祖父のA吉について調査・解決していてくれていれば、私が今困った事態にならなくてすんでいるはずです。

ただ、一応フォローしておきますと祖父C雄が亡くなったのは10年以上も前の話で、当時は所有者不明土地問題なんて話題にすらなっていないでしょう。
普通は依頼のあったC雄の相続事件ならばC雄しか調査は行わないと思います。
今回、私の調査でもC雄名義のものは出てきていないです。
なので、登記手続を担当された先生に落ち度があるとまでは言えないと思います。

市役所にて調査を行う。

今回調べたい事は「先祖名義の不動産が残っていないか?」という点になります。
色んな調べ方があるとは思いますが、手っ取り早いのは役所の「名寄せ」という手続でしょう。
この手続で「名寄帳(課税台帳)」という書類を入手することができます。

名寄帳(課税台帳)

不動産は固定資産税という税金が毎年かかります。
市町村役場はその支払いについて「誰が所有しているのか」、「その価格はいくらか」、「かかる税金はいくらか」など把握する必要があります。
それらをデータベース化しているので、名義人を検索して調べることができます。
そこで、例えば今回については「田中A吉(高祖父)」と「田中B吉(曾祖父)」の名義について残っていないかを調査しました。

ドキドキしながら届いた封筒を開け、中身を見ると名寄帳は6通。合計20筆強。
しかし、そんな事よりも名義人の記載からやばい香りがプンプンします。

  •  ①名義人氏名  田中 A吉(高祖父)
  •  ②名義人氏名  田中 B吉(曾祖父)
  •  ③名義人氏名  山田 太郎(仮名) 外48名
  •  ④名義人氏名  川田 次郎(仮名) 外59名
  •  ⑤名義人氏名  海田 三郎(仮名) 外58名
  •  ⑥名義人氏名  森田 四郎(仮名) 外59名

①と②は想定内でした。
曾祖父B吉のモノが残っているのなら高祖父A吉のモノもあるんじゃないか?
というわけでB吉名義だけでなくA吉名義についても調査対象に入れておりました。
しかし③~⑥は斜め上をいく想定外です。
当初立てていたプランが全部崩れ去った瞬間でした。

法務局にて調査を行う。

複雑な権利関係をより正確なものにするためには名寄帳だけでは足りません。
今度は登記簿(登記記録)を確認する必要があります。
例えば①~②の話だとこのような登記簿になりました。
せっかくなので実物を見てみましょう。
前述の②田中B吉(曾祖父、私の祖父の父)の話になります。

所有者不明土地1

昭和5年に家督相続とありますが、これは戦前の家族法の制度です。
今でも「家を継ぐ」というような表現がなされる事がありますが、戦前の制度の名残だとも言えますね。戸籍と照合しても内容が一致するところです。
本件は戸籍の記載を合わせて読み解くと、父A吉が亡くなった事を原因として「B吉が家督を継いだ」という話になります。

次に、「長期相続登記等未了土地」と記載があるのは最近始まった新制度になります。
およその所、法務局が「あなたのところ相続登記やってないよ」とお知らせしてくれる仕組みです。
もちろん、私の手元にはお知らせは届いておりません。
あまりにも数が多いので簡単に判明するものから順次行っている、という裏話を聞いた事があります。

なお、曾祖父B吉の子供は10人近くいます。
ましてや高祖父A吉の子孫全員で手続をやれと言われてもどうしようもない、というのが本音です。
①~②でも相当な苦労が予想されるところ、③~⑥はどうすれば良いのでしょう。
例えば③~⑥はこのような登記簿になります。

所有者不明土地2

細かい話でどうでも良いのですが、保存登記すらされておりません。私がするのでしょうか。
田中A吉がそもそも私の高祖父なのかすらよくわかりません、同姓同名の可能性だってあるわけで。
いずれにしても令和6年に開始する「相続人申告制度」というものがありますが、最後の手段として活用の余地がありますね。

結局、何が問題なのか?

法律論というか常識的に他人のモノを本人の関与なく勝手に売る事はできませんよね。
そういう問題が生じるって事なんです、法定相続分で相続してしまうという事は。
ネズミ算式に共有者が膨れ上がってしまって、基本的に全く動かせなくなります。
売れない、譲れない、しかしガケ崩れ等の事故が生じてしまうかも、といった最悪な状況です。
不動産は定期的に手入れ等を行わなければ、倒壊であるとかガケ崩れであるとか生じてしまう可能性が出てきます。
その責任の所在がどうなるかはさておき、避けるべき事態であることは間違いないでしょう。

代々相続手続をしなかった結果、代々法定相続分で相続したという事になり、私にバトンが回されてしまったというわけです。
慶応生まれの人らが60人も一緒に山を所有しているんです、現在彼らの相続人は何人になるのでしょう
これ、下手をすると1つの市が丸々全員相続人という事態になっている事もあり得ます。

おおよそ想定できる手段としては例えばこのような所になります。

まず「負の不動産問題」というのが業界でよく話題になるトピックです。
いらない不動産を相続してしまったらどうするか。
真っ先に行うべきは売却・活用できるか?の検討でしょう。
しかし、田舎の非課税の山林など買手が果たしてつくのでしょうか(つかない)。そもそも共有者が膨れ上がっていて、売れるとしても簡単ではありません(他人のモノは勝手に売れない)。
あとは行政等への寄付という手段もあり得ますが、行政サイドが貰う貰わない以前に共有者が膨れ上がっていて、こちらもどうにもなりません(他人のモノは勝手に渡せない)。
相続放棄あたりも候補には上がりますが、数世代も相続を繰り返している現状、現実問題として非常に難しい状況です(私だけが解決しても意味がない)。
いらない土地対策として国庫帰属制度ありますが、「共有者全員」の関与が必要なのでそもそも本事例ではすぐに適用できません。その全員が誰なのかわからないんだってば。
一応は、来年に始まる相続申告登記制度という代替手段もあるのですが、これも次世代にバトンを渡して困らせるだけの話で根本的な解決ではありません。しかし、一番安価な解決策はこの制度の活用かもしれません。
あとは本年度令和5年に施行されたばかりの民法264の2(所有者不明土地管理命令)あたりの活用も検討に入れて動いてみるといったところでしょうか。膨れ上がった今回のケースなんかで権利関係を解消する現行法下でほぼ唯一の手段のように思います。
根本的な解決の余地があるという点・相続財産清算人(管理人)制度よりも安価という点でメリットはあります。
しかしながら管理人の選任にかかる費用であるとか煩雑な手続というデメリットがあります。

今までは「よし、見なかったことにしよう。次世代がんばれ!」という事も可能だったのですが、来年以降、相続登記が義務化され10万円の過料の可能性が生じます(本件は正当事由に該当して免責となりそうな事案ですがまだ施行前で実務が固まっておらずわかりません。)。
少なくとも義務懈怠となる期間は「相続により所有権を取得したことを知った日から3年以内」とされている所ですので、もうしばらくは時間的な猶予があります。
ですので、業務の傍ら少しずつ気長に進めていこうかと思います。

私の方針としては「私でケリを付けて、子孫を困らせない」です。

まとめ

  • ご自身の財産目録を作りましょう。
    →自分の財産を一番把握しているのは自分自身だけです。
     自分が亡くなった後、その財産を探すのは本当に大変な作業です。
     本事例で紹介した「名寄せ」という手続も万能ではありません。
     できれば遺言を遺して欲しいですが、せめて財産目録を作りましょう。
     今回のように子孫が本当に困った事態になります。
  • 来年以降、相続登記が義務化されます。
    →義務懈怠の期間は基本的には3年以内ですが、なるべく早くやりましょう。
     過料10万円というのも馬鹿らしいし、長期間放置してしまうと本事例のような状況になります。
     今回の私のような事例をご自身の子孫で生じさせるのは避けましょう。
  • 相続で安易に共有にしてしまうとその後が大変になります。
    →相続で共有にするというのは一見「公平だから揉めない!」と考えるかもしれません。
     しかし、その後に何代か相続を繰り返せば簡単に100人共有の土地が完成します。
     特段の事情がなければ、誰か1人が不動産は継ぐ事が良いのではないかなと心底思います。
     相続を専門とする行政書士が心底困った事態と感じている、と言えば多少は伝わるでしょうか。
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