自筆証書遺言書保管制度という仕組みをご存じでしょうか。
先日、令和5年10月2日より仕組みが変わる事が法務省により発表されました。
良い機会ですので、遺言制度について改めて解説していきます。
自筆証書遺言書とは?
遺言という制度は列記とした法律の根拠がある仕組みです。
「死者の最終意思の実現」と言った表現がなされるところで、ご自身の死後に一定の行為を実現することが可能となります。
一定の行為と書いた理由は法律で定められている事しか強制力がないからです。
最も有名な「法律で定められている事」は「財産を誰にあげるか決めること」でしょう。
民法
民法(e-gov)
(遺産の分割の方法の指定及び遺産の分割の禁止)
第九百八条 被相続人は、遺言で、遺産の分割の方法を定め・・・ることができる。
この規定を具体的に見ると、次のような遺言になります。

つまり、まとめると遺言という制度は、
- 法律で定められている事について遺言書に書けば実現してもらえる。
- 定められていない事については実現してもらえるかどうかはわからない。
というように表現する事もできます。
ところで民法にはいくつか遺言方法が規定されています。

このうち重要なのは自筆証書遺言と公正証書遺言です。
他の類型もありますが、実務的にあまり利用されておりません。
自筆証書遺言とは、手書きで遺言書を作成するやり方です。
公正証書遺言とは、公証役場で遺言書を作成するやり方です。
遺言書を作成しようと考えている方は、まずこちらの2つの方法を知っておくと良いでしょう。
せっかくなので公正証書遺言についても見てみましょう。
公正証書遺言とは?
自筆証書遺言についての作成は非常に簡単で、30分もあれば作成できるでしょう。
必要なことは「①全文を手書き」、「②日付を手書き」、「③名前を手書き」、「④ハンコを押す」です。
これらの要件を満たさなければ遺言として効力が生じませんが、しかし、必要なものは基本的にペンと紙とハンコくらいなものです。
民法
民法(e-gov)
(自筆証書遺言)
第九百六十八条 自筆証書によって遺言をするには、遺言者が、その全文、日付及び氏名を自書し、これに印を押さなければならない。
つまり、本来は自筆証書遺言は簡単にできるものなのです。
ちなみに先に提示した「財産をあげる」とした遺言書は全部手書であれば立派に有効な自筆証書遺言です。
ただ難しいのは、遺言で実現できる事は法律に「遺言で可能だ」と明記されている事のみです。
問題なのは法律に詳しくないと、有効な遺言を作成することが難しいという話でもあります。
そこで、公正証書にて公証人の関与をさせる事で、より有効な遺言書を作る事ができるように準備された仕組みが公正証書遺言ということになります。
具体的な公正証書遺言の作成方法については日本公証人連合会のホームページを参考にしてください。
もしご自身でやろうとお考えの方は、まずは最寄りの公証役場に電話してみると良いでしょう。
遺言なんて手書きで良いはずなのに、なんでわざわざ公証役場で作成するのか?
この点については、遺言書の有効性という問題に直結します。
公証人が関与する事で、形式的に大丈夫なのか、内容的に大丈夫なのかを見てもらう事が可能です。
「遺言書の有効性」というのは、後々に遺族間で紛争になってしまった場合に、裁判所でどのように判断されてしまうのか?と考えるとわかりやすいかと思います。
残念ながら、古来より遺族間の紛争というものは毎年のように生じてしまっています。
令和5年8月に発表された司法統計によると、昨年度は12,981件もの事件数でした(終局区分)。
ちなみにですが、今年度発表の統計についても1000万以下が33%、5000万以下が43%となっており、今年も例年と変わらない割合となってしまっています。
これは残念な事ですが毎年同じような推移となっており、財産が少なくても紛争が生じる事を示しています。
公正証書遺言は万能なのか?
残念ながら、公正証書遺言であれば紛争がなくなるという関係ではありません。
いかに「想いを遺族に伝えるか」が極めて重要なポイントになると私は考えておりますが、いずれにしても、公正証書遺言が無効と判断された裁判例が多数存在しているのもまた事実です。
とは言っても公証人のチェックが形式面・内容面に入る事を考えれば、自筆証書遺言と比べてより安全な仕組みであると言えます。
また、非常に大きいメリットとして「検認制度」が不要という点もあります。
相続人が遺言書を発見して、いざ相続手続を行おうとする場合にはこの検認手続というものを行わなければなりません。相続人目線、非常にめんどくさい手続なのですが詳細については裁判所ホームページを参照してください。
ただ、公正証書遺言制度においてもデメリットはあります。
私が特に使いにくいと考えるデメリットは以下のような点になります。
- 公証役場の手数料が高額である。
法令で定められた手数料として、日本公証人連合会のホームページに手数料規定があります。
例えば遺言書に記載した財産総額が7000万円だとしましょうか。
内訳:不動産6000万円、預貯金1000万円 合計:7000万円。
この場合には令和5年執筆時現在においては次のような計算となります。
43,000+11,000=54,000
(実際にはページ代金などでプラス数千円かかります。) - 遺言の撤回が容易ではなくなる。
実は遺言書というものは何度でも書き直しが可能です。
「Aさんにあげようと思っていたが、Bさんにあげたくなった。」など全く問題ないのです。
この点、やり方を間違えると紛争の火種になるので専門家に相談して欲しいところですが、前述の高額な手数料を考えると遺言の撤回が難しくなってしまうのもまた事実だと思います。
公正証書遺言を利用して遺言の撤回を行おうと考えると、同等の料金がかかる事になるでしょう。
民法
民法(e-gov)
(遺言の撤回)
第千二十二条 遺言者は、いつでも、遺言の方式に従って、その遺言の全部又は一部を撤回することができる。
- 証人が必ず2人必要である。
ご自身で行う場合には誰かご友人など2名を連れていかなければなりません。
この際に遺言書の内容が証人2名にバレてしまうという点が大きいデメリットと言えます。
この点、行政書士をはじめ我々士業には重い守秘義務が課されており、秘密をばらしたともなれば懲戒処分として資格の剥奪などのペナルティが課される事になります。その意味でも我々士業に依頼するというのは、このデメリットの解消に繋がると言えるでしょう。
民法
民法(e-gov)
(公正証書遺言)
第九百六十九条 公正証書によって遺言をするには、次に掲げる方式に従わなければならない。
一 証人二人以上の立会いがあること。・・・
三 公証人が、遺言者の口述を筆記し、これを遺言者及び証人に読み聞かせ、又は閲覧させること。・・・
これらのデメリットを解消できるよう制度設計がされたのが自筆証書遺言書保管制度と言えます。
自筆証書遺言書保管制度とは?
この制度は令和2年から開始された比較的新しい制度です。
基本的には自筆証書遺言ではあるのですが、これを法務局で保管してくれるという仕組みです。
具体的な手続についての解説は省略しますが、法務省のホームページを参照してください。
政府広報オンラインでも詳細な解説がなされており、わかりやすいと思います。
つまり、現在の制度では自筆証書遺言(手書きの遺言書)は2種類あると言えます。
- 法務局で保管してもらっていないもの
従前からあった手書きタイプの遺言書。 - 法務局で保管してもらっているもの
令和2年から始まった自筆証書遺言書保管制度を利用した手書きタイプの遺言書。
従前、自筆証書遺言(手書きの遺言書)の問題点として「遺族から捨てられてしまう可能性がある」という事がありました。自分に不利な内容の遺言書を見た遺族が隠してしまったり、捨ててしまったり・・・(民法891の相続欠格というペナルティがあるのでやってはいけません。)。
この点、公正証書遺言では原本が公証役場で保管されますから、破り捨てられても大丈夫だったのです。これにほとんど類似する制度で、自筆証書遺言書保管制度では法務局にて原本が保管される事になります。両者のイメージとしては、ちょうど住民票の写しを破り捨てられても原本(データ)は市役所にあるため、また再発行してもらえば良いという関係に似ています。
また、「検認制度」というものも非常に面倒くさい制度とも言えました。
前述のとおり自筆証書遺言書を発見した遺族は、相続手続に入る前に裁判所の検認という手続を行わなければなりません(民法1005条のペナルティがあります。)。この点についても、公正証書遺言であれば不要でしたが、自筆証書遺言書保管制度においても検認手続が不要となります。
逆に言えば、検認手続が不要とされる遺言制度は現在この2つしか存在しません。
- 公正証書遺言
- 自筆証書遺言保管制度を利用した自筆証書遺言
民法
民法(e-gov)
(遺言書の検認)
第千四条 遺言書の保管者は、相続の開始を知った後、遅滞なく、これを家庭裁判所に提出して、その検認を請求しなければならない。遺言書の保管者がない場合において、相続人が遺言書を発見した後も、同様とする。
2 前項の規定は、公正証書による遺言については、適用しない。・・・
法務局における遺言書の保管等に関する法律
(遺言書の検認の適用除外)
第十一条 民法第千四条第一項の規定は、遺言書保管所に保管されている遺言書については、適用しない。
法務局における遺言書の保管等に関する法律(e-gov)
ご自身が亡くなった後の遺族の手間を考えると、どちらかの制度利用をすべきであると言えます。
前述した「覚えておいた方が良い」遺言の種類をまとめると3つあるという事ですね。
- 法務局で保管していない自筆証書遺言
従来からあった手書きタイプの遺言書。検認手続が必要。 - 法務局で保管している自筆証書遺言
令和2年に始まった自筆証書遺言書保管制度を利用したもの。検認手続が不要。 - 公正証書遺言
従来からあった公証役場で作成するタイプの遺言書。検認手続が不要。
自筆証書遺言書保管制度のメリットとは?
現在の自筆証書遺言書保管制度のメリットについては私は以下のように考えています。
- ①法務局に原本を保管するため破棄や隠匿の可能性がない
この点、保管先は違いますが公正証書遺言も同様です。 - ②相続人の検認手続が不要
こちらも公正証書遺言と同様です。
前述のとおり、現在、検認手続が不要な遺言制度は2種類しか存在しません。 - ③3900円と非常に安価
公正証書遺言では数万円手数料でかかる事を考えると非常に安価です。
法務省ホームページの手数料欄を参考にしてください。 - ④遺言撤回の容易性
前述の通り、公正証書遺言では費用の面から撤回が難しいのが実情だと思います。
この点、安価な費用ですから、そこのデメリットは解消されていると言えるでしょう。 - ⑤法務局で形式面のチェックが入る
自筆証書遺言書保管制度では形式的なチェック(前述の手書きとかの条件だとか、訂正方法だとか)を法務局でやってもらえます。
しかしながら、内容面について一切チェックは入りません。
この点が、形式面だけではなく内容面のチェックも入る公正証書遺言との大きな違いであるとも言え、公正証書遺言が大きく優れていると言えるでしょう。
Q1 遺言書保管所(法務局)では、遺言書の書き方を教えてくれますか。
11 よくあるご質問(法務省ホームページ)
A 遺言書保管所では、遺言書の内容に関するご質問・ご相談には一切応じられません。遺言書の様式等については、「03 遺言書の様式等」をご覧いただき、ご自身で作成いただく必要があります。ご不明な点等がある場合は、弁護士等の法律の専門家にご相談ください。
- ⑥証人が不要
公正証書遺言で必要だった「証人2名」というものがありません。
ご自身本人が管轄法務局に行く必要はありますが、友人2名など不要ですから、秘密にしておきたい内容が漏れてしまうという心配が一切ありません。つまり守秘義務が課されている専門家を活用せずともご自身1人で可能であるとも言えるでしょう。 - ⑦通知制度がある
これが自筆証書遺言書保管制度の大きな特徴で、非常に便利な制度です。
詳しい解説は省略しますので、詳細を知りたい方は法務省ホームページ参照してください。
通知制度とは?
自筆証書遺言書保管制度の最大のメリットではないかと私は思っています。
遺言という制度は遺言者が亡くなった後に、その遺族が遺言書を発見しない事には話が始まりません。
予めどこに自分の書いた遺言書があると伝えておかなければ、下手をすれば書類に埋もれてそもそも発見されない可能性があります。
この点を解消できる制度設計になっていますから、非常に便利な仕組みです。
現在、準備されている通知制度は2種類存在します。
- 関係遺言書保管通知
遺族である相続人が遺言書保管所にて遺言書の閲覧をしたり、遺言書情報証明書の交付を受けたりすると、他の相続人全員に通知が行く仕組みです。 - 指定者通知
法務局の戸籍担当部局と連携がなされており、遺言者の死亡の事実が確認できた時に「遺言書が保管されているよ」という通知が行く仕組みです。今回、この点が非常に使いやすく変わります。
令和5年10月2日から通知制度がどう変わるのか?
まずは令和5年8月31日に発表された法務省のお知らせを見てみましょう。
指定者通知(遺言者の死亡後に、遺言者が指定する者に対する遺言書が保管されていることの通知)の対象範囲等が拡大されます。
お知らせ(法務省ホームページ)
指定者通知の対象者として指定できるのは、これまで受遺者等、遺言執行者又は推定相続人のうち1名に限定していたところ、令和5年10月2日から、これらの者に限定されず、また、人数も3名まで指定が可能になります。なお、指定者通知の対象者をすでに1名指定している場合においても、変更の届出により対象者を追加することもできます。
要するに、前述の指定者通知という制度がより便利になるという事です。
特に従前、指定者通知の対象者は一定の者に限定があったところ、その限定がなくなった点が実務的に非常に便利と言えるでしょう。専門家を指定したくとも、少なくとも遺言執行者に就任していなければなりませんでした。それから1名の限定があったところにも使いにくさがあったのです(普通は相続人を優先して対象者に指定するので専門家は指定されにくい)。
従前の通知制度における、これら従前のデメリットが一気に解消されますから、より専門家を巻き込んだスキームが組みやすくなったと言えるでしょう。
既に同制度を活用して遺言書を作成している人についても、変更届出という手続を踏めば対象者を追加する事もできる点も良いですね。
いずれにしても、遺言制度というのは前述の通り「最終意思の実現」というのが制度趣旨です。
遺言者の想いを伝えるという事は、紛争を防止する上で非常に重要な事だと私は考えています。
制度面からどんどん便利になるというのは本当に素晴らしい事だと思います。
専門家の無料相談会をご活用下さい!
先日の記事でまとめたとおり、現在凄いスピードで相続分野の仕組みが変わろうとしています。
なかなか全ての仕組みの最新情報を理解するというのは難しい事ですから、お気軽に我々専門家に相談して頂けたら嬉しいところです。
例えば、各自治体・各士業団体などで行われる無料相談会などの活用です。
先日、無料相談会に参加させて頂きましたが「専門家合同相談室(豊島区)」というものでした。
こちらは弁護士、税理士、そして私が行政書士として遺言・相続をテーマに無料相談を行いました。
おかげさまで予約が一杯という大盛況ではありましたが、そもそもそういうイベントがあると知らない方も沢山いらっしゃるのではないかと思っています。


また、豊島区においては「行政書士相談(豊島区)」というものもあり、行政書士に直接無料相談できるという相談会が実は毎月第二水曜日に開催されています。
以上は各自治体にて開催されている無料相談会(豊島区の事例ですが、それ以外の自治体でも開催されているはずです。)ですが、そのほか各士業団体などでも無料相談を行っているはずです。
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遺言や相続についてお困りの方を見かけたら、そういった無料相談の窓口が存在するという事をまずは教えてあげてください。
無料相談会で全て解決するか?というと難しいところですが(他の相談者さんとの兼ね合いで、多くは30分程度という時間制限がある)、わからない基本的な疑問や悩みであれば簡単に解消できるのではないかと思います。
ちなみに、私が参加している無料相談会は名刺配布すら原則禁止されるなど営業行為が大きく制限されています。
また、前述のとおり、士業は非常に重い守秘義務が課されておりますから、個人情報などの秘密が漏れる事など考えられません。
そういった意味でも、安全・安心と言えますので、お気軽に活用して頂きたいと思います。
PCを持っていない高齢者の方も現実には本当に多く、なかなか情報が届かないという世の中になってしまっているのが実情です。
この点、本当に簡単ではないなと私も日々痛感しています。
お困りごとがあって本当に必要な人に情報が届くよう切に願うところです。
まとめ
- 自筆証書遺言書保管制度が令和5年10月2日からより便利になる。
- 指定者通知制度の範囲が拡大され、専門家がよりサポートしやすくなる。
- 各自治体や各士業団体の無料相談会を是非ご活用ください。