今回は遺言とはそもそも何なのかをテーマにしたいと思います。
『終活(しゅうかつ)』が様々なメディアで取り上げられる昨今、『遺言』という単語も何となく耳にした方は多いのではないでしょうか。
しかし、遺言の正確な理解・正しい活用法について具体的にご存じでしょうか。
「遺言とは家族へのラブレター」である。
これは私が業務で最も大切にしているものですが、この点について深掘りできたらと思います。
まずは遺書(いしょ)と遺言(ゆいごん)の違いを考えながら見ていきましょう。
遺書と遺言って何が違うの?
遺書(いしょ)と遺言(ゆいごん)・・・なんだかどちらも似た単語ですね。
両者の何が違うのか皆さんはご存じでしょうか。
この違いがわかれば遺言がなにか見えてくるのではないかと思います。
余談ですが、法律家は「遺言(いごん)」と習って必死に勉強します。
知らない人はびっくりするかもしれませんが、同じ単語でも法律用語と日常用語は読み方・意味が違う場合が往々にしてあります。
よくテレビ等で弁護士の先生が「ゆいごん」と解説するのを見ますが、これは専門用語を日常用語に引き直して解説しているのですね。
「ゆいごん」と「いごん」は全く同じ意味をさす言葉です。
国家試験のときには「いごん」と必死に勉強していたはずです。
私などもお客様の前で話す場合に「ゆいごん」と言えるよう意識的に訓練しているのですが、どうにも意識しないと「いごん」と読んじゃいます。
方言などと同じように長年しみついた癖というのはなかなか抜けません。
遺書(いしょ)と遺言(ゆいごん)について、まずは共通点から見ていきましょう。
遺書と遺言の共通点
「自分の死後を意識して書く文書」という大きな意味では遺書(いしょ)も遺言(ゆいごん)もどちらも同じです。
これまでの感謝の気持ちであるとか、誰に連絡して欲しいであるとか、葬儀をこのように行って欲しいであるとか様々です。
好きなことを好きなように書いて構いません。
稀に「遺言(ゆいごん)には法律で定められた事しか書くことはできない」という解説を見ますが、そんなことはありません。
好きなように書いた部分について遺言(ゆいごん)では「付言事項(ふげんじこう)」と言いますが、遺言(ゆいごん)にも遺書(いしょ)と同じようにご自身の想いを積極的に書くべきです。
この点、後ほど少々掘り下げて解説をします。
遺書と遺言の相違点
相違点① 書くタイミング
この辺りから両者に違いが出てくるように思います。
大前提としてどちらも「書くタイミング」について法律などで定められているわけではありません。
当然、亡くなって書くことはできませんから、生きている間に書けば良いのです。
しかし、微妙に書くタイミングが異なるように思います。
遺書(いしょ)というのはどちらかと言うと「死を覚悟した人が最後のメッセージを伝えるもの」というニュアンスがあるように思います。
病気、事故、自殺、刑の執行、様々な要因があると思いますが、自分自身がもう生きる事ができないと悟った際に書く文書というニュアンスがあります。
多くの場合、死期を悟ってから書くため、後悔・遺恨・懺悔など内容面でネガティブなものになってしまう場合も見られるように思います。
ところが、遺言(ゆいごん)というものは必ずしも「死期を悟ってから」というわけではありません。
勿論、自分が生きられないと悟った場合に遺言(ゆいごん)を書くケースもあるでしょう。
しかし、万が一自分自身が急逝してしまったときのため、自分の家族が財産争いなど起こさないようにするためなど、遺言(ゆいごん)はむしろ元気なうちに書くべき書類です。
さらに言えば、積極的にポジティブな内容を書くべき書類であると思います。
民法
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089
第九百六十三条 遺言者は、遺言をする時においてその能力を有しなければならない。
この事を法律上、遺言能力と言います。この規定の正確な解説は別の機会に譲りますが、例えば、認知症の初期症状が出ているのに作成したなど、遺言(ゆいごん)について遺族が大揉めにもめたという裁判例がいくつも存在します。
ですので遺言(ゆいごん)は「元気なうち」に絶対に作るべき書類であると言えるでしょう。
亡くなった後に裁判で「遺言能力がない」と判断されてしまうと、どれだけ家族のことを考えて書こうが実現が難しくなってしまいます。
問題なのは認知症にはなりたくてなる人など1人もいない点にあります。今は大丈夫でも5年後10年後、果たして認知症の初期症状が出るかどうかなど誰にも断定はできません。
ですから、遺言(ゆいごん)は「元気なうち」に書く。これは鉄則です。
この点、遺書(いしょ)と全く違いますよね。こちらは能力が必要などといったルールはないのでどんなタイミングで書いても問題にはなりません。
遺言能力をはじめ遺言(ゆいごん)は厳格なルールがいくつもあります。
これは残された遺族の紛争防止・遺言者の最終意思の実現という強力な効力が認められているためです。
この部分が特段ルールのない遺書(いしょ)とは全く違います。
例えば、自分に都合が悪い事が書いてあるからと言って遺言書を破り捨ててしまったらどうなるでしょう。
民法
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=129AC0000000089
(相続人の欠格事由)
第八百九十一条 次に掲げる者は、相続人となることができない。
五 相続に関する被相続人の遺言書を偽造し、変造し、破棄し、又は隠匿した者
自分に都合が悪いどころか遺産を1円も貰えなくなる、という意味になります。
これは遺言制度を守るために設けられた非常に重いペナルティと言えるでしょう。
換言すると「将来自分が死んでしまったときの遺族のためもの」なんです。
遺言(ゆいごん)は、まだまだあと20年30年は生きるだろうなというタイミングであっても、死期などまったく想像できないタイミングであっても、将来のリスクヘッジとして書くべき書類です。
遺された遺族が自分の遺産のために仲違いなどしてほしくない、遺族が手を取り合って仲良く暮らして欲しい、前向きに人生を楽しんで生きて欲しい、など願いや想いを詰め込む家族へのラブレターです。
ここが遺言制度の本質だと私は常々考えています。
次回は具体的な書き方などの概略を見ていきましょう。
まとめ
- 遺書(いしょ)と遺言(ゆいごん)は全く別の書類である。
- 遺言(ゆいごん)は元気なうちにしか書くことはできない。
- 遺言(ゆいごん)には厳格なルールが法律で決められている。