実録!家系図業者に行政書士の資格がいるの?②

判例のはなし

家系図判例を題材に色々まとめてみました。
第2回目のテーマは「個人情報の保護」になります。
お暇な方は読み物としてお付き合い頂ければと思います。

第1回目の続きになります。
第一審・第二審では懲役8ヶ月の有罪!という判決が出てしまいました。

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最高裁判所で逆転無罪!

ところが、最高裁判所では第一審・第二審と結論を180度ひっくり返しました。
当時はそれなりに話題になっており、YouTubeのニュースでも取り上げられていたので引用します。

ANNnewsCH(2010/12/20)行政書士資格なしの家系図作り 最高裁が逆転無罪

最高裁判所で採用された理屈とはどんなものだったか見てみましょう。

上記パンフレットには,「こんな時にいかがですか?」という見出しのもとに「長寿のお祝い・金婚式・結婚・出産・結納のプレゼントに」,「ご自身の生まれてきた証として」,「いつか起こる相続の対策に」と記載されているものの,本件の各依頼者の家系図作成の目的は,自分の先祖の過去について知りたい,仕事の関係で知り合った被告人からその作成を勧められて作成した,先祖に興味があり和紙で作られた立派な巻物なので家宝になると思った,自分の代で家系図を作っておきたいと考えたなどというもので,対外的な関係での具体的な利用目的を供述する者はいない

最判平成22年12月20日(裁判所ホームページ)

家系図業者が配っていたパンフレットの記載には「生まれた証」であるとか「相続対策」など言ってしまってます。しかも家系図には生年月日や続柄等の身分関係の記載までしています。行政書士法のいう「事実証明」だと言われていたのが第一審・第二審だったんです。
しかし、具体的にお客さんに話を聞いたら「誰かに見せて証明するために作ったんじゃないよ」という事情だったようです。
なるほど、確かにご先祖様の供養のために家系図を作成したのであれば、それは誰かに見せて証明するためのものとは言えませんね。
そこで、最高裁判所はこの点の話を加味して妥当性の方を重視した結論をとり、全く180度真逆の結論を出しました。

上記の事実関係によれば,本件家系図は,自らの家系図を体裁の良い形式で残しておきたいという依頼者の希望に沿って,個人の観賞ないしは記念のための品として作成されたと認められるものであり,それ以上の対外的な関係で意味のある証明文書として利用されることが予定されていたことをうかがわせる具体的な事情は見当たらない。そうすると,このような事実関係の下では,本件家系図は,依頼者に係る身分関係を表示した書類であることは否定できないとしても,行政書士法1条の2第1項にいう「事実証明に関する書類」に当たるとみることはできないというべきである。

最判平成22年12月20日(裁判所ホームページ)

上記のとおり、「対外的な関係で意味のある証明文書」として、お客さんが使う予定がなかったのでセーフだったというわけです。あくまでも判断基準が「依頼者の目的」とされています。
戸籍から家系図を作成する際には通常は生年月日、没年月日そして身分関係を記載しますから、それを誰かに見せて証明するなどの予定があって作成を依頼したのであったらアウトだったという理屈にもなりそうなので注意が必要ですね。
前述したパンフレットなどで「相続対策で使えるよ!」という謳い文句に乗って、それであれば家系図作成業者を使おうか!という動機になったのであれば極めて黒に近いグレーゾーンになると思います。
微妙な言い回しをしていますが、まぁ業者サイドの営業態様が度を超すとアウトというわけでしょう。

判例には補足意見というパートもあって、こちらも法律の考え方など参考になる話のオンパレードですので判例学習の際には大事です。
各種資格試験で有名なのは吉祥寺駅構内ビラ配布事件での裁判官伊藤正己の補足意見(最判昭和59年12月18日)のパブリック・フォーラム論あたりでしょうか。判決主文ではありませんので既判力があるというわけではありませんが、ジャッジのプロである裁判官の考え方などが掲載されるので本当に勉強になります。

この家系図判例の補足意見も面白かったので引用しておきます。

そもそも,家系に関する人々の関心は古くからあり,学問も成立しており,郷土史家をはじめとして多くの人々が研究調査し,ときに依頼を受けて家系図の作成を行うなどしてきたのである。そして,家系図の作成は,戸籍・除籍の調査にとどまらず,古文書・古記録を調査し,ある程度専門的な判断を経て行われる作業でもある。行政書士は,戸籍・除籍の調査に関しては専門職であるが,それを超えた調査に関しては,特段,能力が担保されているわけではない。家系図は,家系についての調査の成果物ではあるが,公的には証明文書とはいえず,その形状・体裁からみて,通常は,一見明瞭に観賞目的あるいは記念のための品物であるとみることができる。家系図作成について,行政書士の資格を有しない者が行うと国民生活や親族関係に混乱を生ずる危険があるという判断は大仰にすぎ,これを行政書士職の独占業務であるとすることは相当でないというべきである。

最判平成22年12月20日(裁判所ホームページ) 裁判官宮川光治の補足意見

これは本当におっしゃる通りでございます、って感じがします。至極真っ当な考え方です。
家系図作成というのは古くから国内外問わず行われていますし、立派な学問体系として成立していると言える分野です。「行政書士の独占業務って大袈裟だわ」とまで言われるのもうなずけます。
戸籍調査では上手くいけば1800年辺りまで遡れますが、それ以上の調査となると郷土調査から始まり古文書の文献調査など極めて高い専門性が必要になってきます。
要するに中高生の時にならったような古典を読み解くケースだってあるのです。しかも古い書体ですから、普通の現代人は文字すら読むことができません。
このような専門性の高い技術について、当たり前ですが行政書士試験で出るわけがありません。曲りなりとも一応は法律系の国家資格試験という位置付けですから。「特段、能力が担保されてない」というのはそういうわけです、国家試験の試験範囲ではないので全ての行政書士試験の合格者がその能力があるとは限らないわけです。

補足意見の「家系図は,・・・,通常は,一見明瞭に観賞目的あるいは記念のための品物である」という点について行政書士会連合会は次のような見解を述べています。

事実証明に関する文書」については、「われわれの実社会生活に交渉を有する事項を証明するに足りる文書をいう」という基本的な判例がある(大九・一二・二四大・刑録二六‐九三八)。今回の判決をこれに重ねてみると、要は、観賞用又は記念用として作成・使用されるものについては、上記「…証明するに足りる文書」には当たらず、行政書士の業務とされている事実証明文書には該当しない、と判断したものと理解するのが相当である。もとより、遺産分割協議等の際などに法的に作成を要する、親族関係図や相続関係説明図等の作成については、今回の判決は何ら関係ないことはいうまでもない。

観賞用家系図作成に係る行政書士法違反事件の最高裁判決について

要するに行政書士会連合会においても最高裁の意見を尊重して、

・鑑賞や記念目的の家系図(ご先祖様をたくさん書く家系図)
 ➡行政書士等の国家資格はいらない。
・事実証明としての家系図(相続手続に使う相続関係説明図)
 ➡行政書士等の国家資格が必要。

という見解であるというわけです。
こういう専門の職域がバッティングしたケースを業際問題などと言ったりしますが、我々士業目線でも中々判断が難しいものです。
全く同じ論点が問題になった最高裁判所の判例などが全て揃っていれば良いのですけどね。
法律というのは全ての論点について何らかの結論が出ているわけではなく、黒に近いグレーゾーンという話なんて山のようにあります(だからこそ弁護士という職種が存在します。)。
社会問題化してくれば立法が重い腰を動かして法律ができたり、民事裁判や刑事裁判などで争われて裁判で結論が出たりというような流れになります。
我々士業はこの業際問題というものは本当に注意して日々業務を行わなければならず、常々意識して業務を行っていきたいものです。

個人情報の保護を考える

ついでに行政書士会連合会の話を追加で注意喚起の意味合いを込めて引用しておきます。
補足意見の「行政書士は,戸籍・除籍の調査に関しては専門職である」という点を受けて行政書士会連合会は次のような見解を述べています。

(1)観賞用又は記念用とはいえ将来の使途を限定できないことを踏まえ、今後は社会に対して、関係法令知識を有するとともに守秘義務を課され、また、裁判長による補足意見にあるとおり戸籍・除籍の調査に関する専門家である行政書士により・・・

観賞用家系図作成に係る行政書士法違反事件の最高裁判決について

この「守秘義務を課され」というのが今まさに深刻な問題になっています。
そうです、ピンポイントでお金のある高齢者を狙った悪質な犯罪が多発しています。
ピンポイントで狙えるという事は何らかの手段で個人情報が入手されていることの裏返しではないかと思うのです。
最近の強盗事件などの報道を見るに「たまたま押し入った先に現金1000万円がたまたまあった」という状況には見えません。もともと現金1000万円があることを知って押し入ったように見受けられます。
つまり、手段は想像もできませんが、何らかの形で個人情報を入手しているものと思われます。

戸籍を取得できたら何か問題あるのか?と思うかもしれませんが、戸籍というものは個人情報そのものです。何も戸籍に限った話ではなく、住民票をはじめ各種の行政文書というものは個人情報のオンパレードですので、一刻も早く政府に対策を打ち出して欲しいところです。
最近の報道では警察庁が本格的な対策に乗り出したり、政府も対策方針を打ち出したりしています。
YouTubeでニュースになっていたので引用します。

ANNnewsCH(2023/01/27)【異例】相次ぐ強盗に 警察幹部を集め緊急捜査会議
テレ東BIZ(2023/03/17)「闇バイト」緊急対策プラン決定

高齢者をピンポイントで狙う犯罪など許すことなどできませんが、しかし、国の対応が後手後手になってしまっているのもまた事実。
そうなれば我々国民の目線としては各自それぞれが「個人情報を渡す相手が信頼に足る相手なのかどうか?」を見極める目を養って、各々がそれぞれに自衛する必要があると言えるでしょう。

近年、国家資格では「守秘義務」が当たり前に立法化されており、それに違反すると懲戒等の処罰になるという流れが一般的です。
懲戒というのは文字通り国家資格を失って、以後業務を一切できなくなってしまう可能性があるということです。
せっかくそれなりに難しい試験を突破したのに、当然資格はなくなりますし、当然路頭に迷う羽目になります。
ですから弊社に限らず国家資格の保有者は個人情報の取り扱いには常々注意して業務を行っていることと思います。

刑法
(秘密漏示)
第百三十四条
 医師、薬剤師、医薬品販売業者、助産師、弁護士、弁護人、公証人又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときは、六月以下の懲役又は十万円以下の罰金に処する。
2 宗教、祈祷若しくは祭祀の職にある者又はこれらの職にあった者が、正当な理由がないのに、その業務上取り扱ったことについて知り得た人の秘密を漏らしたときも、前項と同様とする。
社会福祉士及び介護福祉士法
(秘密保持義務)
第四十六条
 社会福祉士又は介護福祉士は、正当な理由がなく、その業務に関して知り得た人の秘密を漏らしてはならない。社会福祉士又は介護福祉士でなくなつた後においても、同様とする。
弁護士法
(秘密保持の権利及び義務)
第二十三条
 弁護士又は弁護士であつた者は、その職務上知り得た秘密を保持する権利を有し、義務を負う。但し、法律に別段の定めがある場合は、この限りでない。
司法書士法
(秘密保持の義務)
第二十四条 
司法書士又は司法書士であつた者は、正当な事由がある場合でなければ、業務上取り扱つた事件について知ることのできた秘密を他に漏らしてはならない。
宅地建物取引業法
(秘密を守る義務)
第四十五条
 宅地建物取引業者は、正当な理由がある場合でなければ、その業務上取り扱つたことについて知り得た秘密を他に漏らしてはならない。宅地建物取引業を営まなくなつた後であつても、また同様とする。
行政書士法
(秘密を守る義務)
第十二条
 行政書士は、正当な理由がなく、その業務上取り扱つた事項について知り得た秘密を漏らしてはならない。行政書士でなくなつた後も、また同様とする。
海事代理士法
(秘密を守る義務)
第十九条
 海事代理士は、法律に別段の定がある場合を除く外、その業務上取り扱つた事項について知り得た秘密を他に漏してはならない。海事代理士でなくなつた後も、また同様とする。

刑法社会福祉士及び介護福祉士法弁護士法司法書士法宅地建物取引業法行政書士法海事代理士法

いずれにしても、高齢者をターゲットにする犯罪など絶対に許すことはできません。
少なくとも国家資格の保有者においては「クビをかけて」日々仕事をしておりますので、個人情報の取り扱いについて懲戒等の処分などが一切ない民間企業よりは信頼に値するはずですし、目指すべき姿であると常々考えています。
国家資格の保有者が個人情報を蔑ろにするような業務を行えば懲戒等の処分で資格を失ってしまいますから、コトは本当に深刻なのです。
弊社としても士業の端くれですから、お客様の信頼に足る存在を常に目指さなければ、と改めて強く考えさせられたところです。

士業に限らず、全ての民間企業がお客様の個人情報の取り扱いに慎重になって、一刻も早く広域強盗事件など日本から消えてしまうことを願うばかりです。

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